チンドン屋さんが怖い 滝田ゆう

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そんなばかなと笑われるかもしれないけれど、チンドン屋のおじさんも、なにやら怖くて、ぼくはほとんど傍へ寄れなかった。手甲脚絆に草鞋掛け、三度笠かぶって、鉦と太鼓で、町中を練り歩くさまは大いに興味をひかれるものの、それは半ば怖いもの見たさというやつで、その白塗りの目もと鼻筋、への字に結んだ口もとは、とても昭和の人間とは思えず、ピカピカ光る長脇差のこじりにも凄味覚えて、「ねえ、その刀抜いてみな」などと、ほかの連中のように、容易に気安く振る舞うことは出来なかった・・・ようなわけであります。

けど、怖い怖いといいながらも、まるでなにかに憑かれたように、どこまでも後をついて行ってしまう・・・。

 

チキチンチ、チンチドンド、チンドンドンッ。チンチドンド、チンチドンド、チンチドンド、チンドンドン。あ、それっ。いやどうも、きりがないスね。で、つまりこの、相方はクラリネットにしろ、サックスにしろ、そのメロディーの旅笠道中であれ、妻恋道中であれ、そのチンチドンドと噛み合う調子の、いかにも場末のニッポン人にふさわしく、やがて日暮れの裏通り、空に茜の流れ雲明日わが身のおきどころ・・・とくるにおよんでは、子供ごころにも、ふっとひととき、なにやら人生の哀感胸に込み上げて、どうせ家に帰ったっておもしろくもなんともないや、ねえ、おじさん、このままぼくをさらってよ・・・って、しとさらいじゃないやぃ。チンドン屋のおじさんは、それにチンドンチンドンって、怒るぜ、仕舞いにゃ。

 

しかし不思議ですね。どうして消防車とか、チンドン屋さんとかが怖かったんですかね。やっぱり育ちのせいですかね。

いえ、べつに因果関係なんてありません。心にやましいこともありません。とすると、これは案外その裏返しということかも・・・。いや、でも怖かったデシ。恥ずかしいデシ。

 

これは、滝田ゆうの「昭和夢草子」の中の一篇です。