人生は宝くじ

f:id:mitokioquerido:20180512140514j:plain


姪が出産したので、お祝いに暫らくぶりに中央線の西荻窪に降り立ちました。

姪も子供も元気でした。小さいころの姪のイメージが強いので、この子ももうそんな歳になったかと、風雪の流れの速さを感じました。

夜、帰宅すると知人から電話で娘さんの出産が死産だったとの報告がありました。何と気の毒で慰めようもありませんでした。

姪も知人の娘さんも、夫の仕事で海外生活をしています。まったく同じような境遇なのに、まるで天国と地獄のような結果です。

 

数学者のサミュエル・アーベスマンが『事実の半減期』(The Half-life of Facts)の中でこんなことを書いています。


『実はわれわれが存在するということは、すでに天文学的なほど小さな確率によっている。例えばあなたが受精卵だったとき、受精に成功した精子は1億個のうちのひとつだった。
そもそも不成功に終わった生殖行動も多い。そして両親の出会いから、第二次大戦中に祖父が弾丸を避けて生き残り、祖母に出会ったことまでも問題になってくる。だから、どんな人間であれ存在する人は皆、非常にわずかな確率を克服してこの世に登場してきたものなのだ。
 このような歴史上の「もし」は、いくらでも細分化して考えることが可能であり、そうなるとわれわれの知る「存在」というものが生じる確率は、もはや統計的にほとんど起こりそうもない、それこそ統計力学の領域で扱われるような数字になってくる。

 誰かが何度も成功しているからといって、必ずしもそこに理由があるとは限らない。それが存在をかけた争いであれ、あるいは単に株で儲けることであれ、それなりの数の人間が競い合う状況においては、成功することは合理的な理由を伴わない、単純な運不運の問題でありうる。』

おじちゃんが言うように『人生は運』だけです。ほかの要素は単なる本を売ったりするための方便でしかありません。いわく「幸運をつかむ風水」「幸運になる方法」「幸運を掴む生き方」。

すべて嘘です。どんな方法でも幸運なんてやってはきません。ただあるのは運のみです。
その運を呼び込むのは、その人のやり方考え方とそれらの本にはきっと書いてあるでしょう。とんでもない、人間はどんな人でもその人なりにみんな努力しています。

宝くじを買う行為も努力です。でも当たる人は一人です。『運しかないんです人生には』、ですから気楽に、運を天に任せて生きているのが一番ご気楽なんです。自分の能力以上の努力をすれば必ず、どこかでしっぺ返しが来ます。

能力以上の努力、つまり頑張らなくていいんです、人生は。気楽に、気楽に、運を天に任せましょう。