三越のライオン

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この威風堂々としたライオン迫力満点です。日本橋三越の象徴でもあります。

江戸時代はこの界隈が一番の繁華街でした。色々なお店が軒を連ね、連日江戸っ子たちで繁盛していたそうです。近くには魚河岸まであり、それはそれは賑やかだったでしょう。

吉原遊郭もはじめはこの近くにありましたが、江戸城の近くに遊郭でもあるまいということで、浅草田んぼに移転させられました。ですから浅草の遊郭は新吉原と呼ばれました。

それほど賑わった日本橋ですが、今では金融関係のビルが立ち並び、主だった店はこの三越ぐらいになってしまいました。最近新しいショッピング施設も出来ましたが、往時の賑わいを取り戻すのはまだまだでしょう。

それにしてもこのライオンは堂々として、そんなことには頓着しないぜ、と言う風です。

やせ我慢

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昔こんな話を聞きました。

両親が家の新築を頼んだ時の棟梁が、生粋の江戸っ子。腕は確かでしたが、なかなか頑固だったそうです。ここをこうして欲しいと言うと、「旦那ねー、これはそうしねぇーと収まりがわりいんですよ」それでもなお、そうして欲しいと言うと、「あっしのねー云うとおりでネエと、出来上がりの見栄えが良くねぇんですよ。それでも、よがすか」と、半ば恫喝とも取れる強制的なやり方で、自分流に仕事を進めていったそうです。

まあ、それだけ自信があったのでしょうが、当時の日本では、えてしてお職人さんというものは、こういうタイプの人が多かったのです。

この棟梁根っからの蕎麦好きで、何か店(てん)やもんを取りますというと、必ず、もり蕎麦だったそうです。そしてまた食べ方がユニーク。「蕎麦はねー、汁(つゆ)なんかつけてたんじゃ、ホントの味がわからねぇ」と言っていつも汁をつけずに食べたそうです。面白い江戸っ子があったもんです。

ところが家の新築が終った途端、具合が悪くなり、寝込んでしまい、とうとう危篤になってしまいました。そこで見舞っていた人が、「棟梁何か言い残すことは無いかい」と尋ねると、小さな声で「死ぬ前に、蕎麦に汁をつけて食いてえ」と言ったそうです。

江戸っ子のやせ我慢も、程々にしないといけませんね。

都電の走っていた茗荷谷界隈

 

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文京区の名前にふさわしい学生の町として発展してきた茗荷谷だが、今でもお店などが少ないが、おじちゃんの子供の頃はとても淋しいところで、学校以外は何もなかった。

御茶ノ水女子大、跡見女学園、貞静女学園、拓殖大学、都立竹早高校、東京教育大(現在は筑波大学としてつくばへ移転)、それらの付属小学校などもあり、まさに学生の街の様相を呈している。

ここには現在地下鉄丸の内線が通っているが、それ以前は都電16番が山手線大塚駅からここを通り、本郷、湯島、上野広小路を経て錦糸町まで走っていた。この線は今ではバスに変わり、同じコースで運行されている。

その茗荷谷だが駅前(戦前の兵法工廠だということを聞いた)の再開発で25階建てのタワーマンションと商業施設などのビルが建ちいくらか様子が変わった。周辺にはマンションが林立して様相が変わってきた。

夏目漱石の「それから」では、この茗荷谷周辺から伝通院付近に掛けてが舞台の中心になっている。漱石の時代には、まだ舗装も無く雨が降るとぬかるんで坂道の歩行が難儀だったことが窺える。

今日、東京は日々変遷を続けていて留まる事を知らない。少し経てばまた町の様相ががらりと変わり、以前よく知っていた通りさえも数ヶ月の内に全く違った通りのごとくに変えられてしまう。もう少し変化のスピードを緩めるわけには行かないものかと訝(いぶか)ったところで、最早どうすることも出来ない。東京の町は、そう言う流れの中に日々流されて行く。

乃木大将の旧居 六本木

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その日は展覧会を見た後、そぞろ歩いてすぐ近くの乃木大将の旧居址を訪ねました。

思っていたのとは違い、ひどく質素な佇まいです。大将の人となりが窺われます。長州毛利家の士族の家系で、明治の将軍であり、伯爵でもあった人の家には、とても見えません。

こんな高潔な人物は、今の日本には一人もいません。そして仕えた明治天皇の葬儀出席のあと、帰宅した大将は、妻とともに自刃しました。命をかけて日本を守った、本物の日本人の最後でした。

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二人の息子をも、亡くした日露戦争では、明治天皇に復命の際、「旅順の攻撃には半年の長日月を要し多大の犠牲を供し・・・・・」と述べて、自分の作戦の失敗から、多くの国民の命を落としたことの責任を痛感され、死をもって、国民の前に謝罪したい、といわれた。
「愧ず我れ何の顔あってか父老に看ん」という詩も、乃木希典人間性を、素直に現わしています。

しかし、明治天皇は「今は死すべきときでない」と慰撫し、悲痛の乃木希典に、その心で昭和天皇の教育を頼むということで、学習院院長にと発議し任命されました。

学習院院長在任中の明治45年(1912年)夏のこと、生徒を引率して鎌倉に水泳訓練に行っているとき、天皇の容態の急変を知らされ、急いで東京へ帰り、病床を見舞ったが7月30日、天皇崩御になった。

乃木希典の死が、許されるときがきた、と思われたことでしょう。
9月13日静子夫人を伴って、葬儀に参列し、天皇に最後のお別れをした後、赤坂の自宅にもどり、八帖の間に於いて、自決されました。

武官としての作戦の責任と、多くの犠牲を深く恥じた、乃木希典のこの自刃は、文人としての心情に裏打ちされた、武士道・明治の終焉でありました。

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金沢に行ったときに出会った一家の生活を支える辻占売りの少年とのエピソードが書かれています

三菱財閥の旧居跡

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曇り空から、時々糠雨が降ったり止んだりしている。湯島の岩崎邸に、ついたときも同じ空模様で、何時降りだしてもおかしくない。晴れ男のおじちゃんが、歩いている時は、不思議と雨は降らない。岩崎邸に入った途端、バケツをひっくり返すような雨になった。

なるほど、内部も素晴らしい。うわついた現代の金持ちの、模倣建築とは重厚さが違う。当時は、夏目漱石が嫌った岩崎も、一代で巨万の富を築いた維新成金だったが、設計は、あの鹿鳴館や、ニコライ堂などで有名な、コンドルが担当しただけあって、何もかもが本物でただ嘆息するのみ。

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今の金額にして、この迎賓館だけでも300億円はするそうだ。そして15000坪の敷地内には、兄弟いとこの一族が、20棟の建物で生活していたそうだ。

農民から立身出世した、初代岩崎弥太郎は、よほど強運の持ち主だったのだろう。

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振袖火事の本妙寺

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振袖火事の因縁で有名な本郷にあった本妙寺ですが、明治時代に巣鴨の染井の墓地そばに移りました。この寺には明暦の大火災で亡くなった10万人の江戸庶民の供養塔があります。江戸の3分の2と江戸城天守までも焼き尽くした大惨事の振袖火事の火元がこの本妙寺という言い伝えがあります。

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その他、写真にあるように時代劇で有名な「遠山の金さん」こと遠山金四郎の墓や、神田お玉が池の剣術道場主で、北辰一刀流を編み出した千葉周作の墓があります。千葉周作は、文政5年(1822年)秋、日本橋品川町に玄武館という道場を建て、後に神田於玉ヶ池に移転し、多数の門人を抱えて、江戸に剣術の一流派を興した。周作の門下から幕末の重要人物を多数輩出した。主な人物として浪士組幹部の清河八郎山岡鉄舟新選組幹部の山南敬助などが挙げられ、門弟の井上八郎、四天王塚田孔平、海保帆平、森要蔵らは優れた剣客として名を上げた。(ウイキペディアより)という幕末の剣術指南です。

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東京にも、江戸時代264年間の遺跡や物語が結構残っています。機会があれば少しづつ書いていこうと思っています。

高田馬場のとんかつ

 

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今盛んに凝っている高田馬場とん久の特ロースとんかつです。やはり美味しいのです。何かを気にいると、とことんそれにのめり込む性分なので、今はこのとんかつに御執心です。牛肉より鶏肉よりも豚肉が大好きなので、とんかつは好物の中の上位にランクされます。

30年ほど前沖縄のアグー豚が、内地にも市販され始めた頃、沖縄から高い航空賃を払って何度か取り寄せたことがあります。バラ肉こそ本当のうま味があるので、いつもバラ肉の10Kgの塊りを取りました。これは本当に幻の豚という通り絶品でした。最近ではどこでも購入できますが、その時のアグーの味とは全く別物です。ごく普通の豚の味です。本物はまったく甘みが違います。

また脱線しましたが、今日のは前回のよりもかなり味が落ちました。仕入れの肉の質や、揚げ方の微妙な違いのせいでしょう。でも十分合格点のものです。ただ残念なのは、歳のせいで全部は食べられなくなっていることです。ご飯は半分にしてもらっていますが、それさえ半分は食べられず、大盛りのキャベツも3割ほど、付け合せのナポリタンには、箸もつけられませんでした。食が細くなり若い時のように食べられなくなったのが、とても残念です。

モノレールと路面電車

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東京には2つのモノレールの路線があります。ひとつは羽田空港への浜松町駅からのものと、立川を横切る多摩モノレールとがあります。この写真は立川を走る多摩モノレールです。

電車の軌道を作るよりも、安くできるのでしょうか。道路の上や海上を走っているところが多いので、土地買収費などが低く抑えられる利点があるのでしょう。

近頃、地方都市などでは、路面電車が見直されつつあります。おじちゃんは以前から日本各地の路面電車復活支持者ですが、中央分離帯が作れる広い道路などでしたら、モノレールの方が、利用する側の利便性は向上するでしょう。車の渋滞にも巻き込まれることはないし、路面電車よりも運行時間の正確さは保障されます。ただ路面電車よりも投下資本は増加するでしょうが、将来を見たらモノレールは優れた交通手段だと思います。

作家の獅子文六氏は大の都電ファンでした。乗り物で一番好きなのは、路面電車の都電だと公言していました。安全だしスピードは出ないが目的地に着くのは階段を上ったり下りたりする地下鉄なんかよりよほど早いと書いています。昭和38年頃から始まった都電廃止により昭和47年11月に最後まで残っていた6路線も撤去され都内の都電は早稲田と三ノ輪を結ぶ線だけになりました。

その後都電の路線の多くはバスに変わりましたが、バスと違い都電は線路がありますから、この道路には電車があるなとすぐにわかりました。バスや地下鉄と違って何処を走っているのかがこの線路から確認できたのです。しかも都内のほぼすべてをカバーしていましたから、都電で行けない場所はないというほど充実していました。東京都民ももう一度都電の復活を考えてもいいのではないかと思います。

本郷菊坂

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本郷菊坂の途中にある階段ですが、この階段を下りて細い露地を入ったところに、あの樋口一葉が住んでいました。一葉も、この階段を何度も上り下りしたことでしょう。上りきったところには、彼女がよく通ったといわれている伊勢屋という質屋さんがあります。今は営業していませんが、建物はしっかり残っています。一葉女史が困っているとき、伊勢屋の主人は、黙ってお金を貸していたということです。日本人の多くは、貧しい中でも、他人のことをいつくしむ心を持っていました。

今の時代と違い、以前の日本はとても貧しい国でした。社会資本も満足に完備されていない社会ですし、食べるものも、そう豊富に揃っていたわけでもありません。伊勢屋といえども、商売ですので簡単にお金は貸せないのに、やはり日本人というのは、どこか優しさや人を思う心を残しています。

昭和に入っても、シナとアメリカに仕掛けられた戦争で、日本国中が焦土と化しました。米軍は、罪のない一般人の住む場所に一度に数万トンの焼夷弾などの爆弾を撒き散らし、日本の街々は焼け野原になってしまいました。しかし、そんな中でも日本人は、略奪や泥棒などとは一切関係のない存在でした。東北の大地震のときも、日本人の礼儀正しさが世界を驚かせました。戦時中も東北でも、泥棒はシナ朝鮮人だけでした。

戦後の東京裁判でも、在りもしない南京事件などを言い出したのは、シナとアメリカです。シナはいつも他人のせいにする土人ですし、アメリカは日本人を残虐非道な民族としないと、原爆投下や焼夷弾投下で一般人を80万人以上殺したことの言い訳が出来なくなるので、シナと協力して日本人を貶める裁判を行ったのです。

この裁判は、いわば連合軍の非道さを隠すためのものですが、その策略に金儲けや利権に群がる人間があちこちに出現しました。反日弁護士や政治家やマスゴミです。こいつらの多くは帰化したりしたシナ朝鮮人だそうですが、そいつらが未だに日本では幅を利かせています。

一日も速く、占領中のアメリカのコミュンテルン(共産主義者)の一団が作った日本の憲法を反故にしなければなりません。憲法改正反対などと叫んでいるのは、すべてシナ朝鮮人たちです。覚醒している日本人が北朝鮮や韓国、シナチャンコロの暴挙を目の当たりにして反対などするはずがありません。日本人は、周りの人たちや自分の命が失われるかもしれないのに、それていいですという国民では、決してありません。もっと高尚な考え方を、胸の奥に秘めているのが日本人です。しかし、テレビしか見ていない女性や年寄りまた教養のない日本人は、(教養とは高学歴がないことではなく一般常識や社会知識がないことです)シナ朝鮮人の放送する嘘にすっかり洗脳されています。この洗脳を解くのと、貧しいときの日本人がいかに高潔だったかを思えば、自ずと本来の日本人の心を取り戻せると思います。

 

変な町名に変えやがって

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町名    森繁久彌
本郷の菊坂町を訪ねたが、もうその町名はないと、町の古老が教えてくれた。
「変な町名に変えやがってミノベ(当時の都知事)もこういうところがダメだね」とうそぶいて昔の坂道に案内した。

昔、菊の美しいところでこの町名がついたんだが、菊も何もありゃしねえから、しょうがねえか、とさびしい坂をおりていった。(中略)

こんな話をするときりがないが、だれが変えるのか、田舎から来た役人か。どうせ変えるなら、Aの1、Bの2、Cの3と変えてくれ、そのほうがアキラメもつく。(昭和54年「わたしの自由席」中公文庫)より


先年の朝鮮人小泉純一郎の詐欺的改革で、日本国中の市町村の名称が大きく変えられてしまった。自分の生まれ故郷の名前が変わってしまって喜ぶ人は、それほど多くはないだろう。

ヨーロッパなんかには十数年ぶりに訪ねても、その景色が昔と少しも変わっていないのには感動したりしてしまうが、当地の人にとってはそれが当たり前のことらしい。建物が建ったり道路が出来たりなど多少の変化は仕方ないが、地区名や町名、村名まで変えるのは大いに問題である。

自分たちの文化を守ることに関しては、こと日本人は本当に鈍感なように感じる。東京の何処へ行ってもひと月も経つとその様相がガラッと変わってしまうことが往々にして出くわす。

変わっていい場所と変えてはいけない場所があるはずなのに、歴史も文化も理解しないコイズミやミノベのような左翼の似非(えせ)改革者によってまた日本が壊されていく。

都電が走る街

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都内に唯一残る"都電"早稲田と三ノ輪を約1時間半ほどで走る。いつも混んでいてたまに乗ると座れた事がない。これを見ていつも思うのは2両編成にしたらと思う。ヨーロッパなどにはよくある風景だ。やはり乗客よりも自分たちの都合しか考えていない役人たちの姿が、この都電一つ見ても分かる。

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全て西洋がよいとはいわないが、年寄りが多い乗り物だけに余計にそう思う。それと東京都は都営のバス電車に乗る70歳以上の年寄りに年間千円で乗り放題にしているが、この予算なんと200億円以上にのぼる。ある意味年寄りを外出させる手段のように詠っているが、僅か200円ほどのバス代など払えない老人はそう多くはないはず。このシルバーパス都内を走るバスは民間も含めて全て無料になる。都電や都営交通も全てタダ。これだけ様々なメディアや銀行等で注意喚起してもオレオレ詐欺に大金を払う年寄りが後を絶たないのに、シルバーパスなどきっぱり廃止すべきだ。
なのになぜ大切な税金をそんなものに使うのか。もっと障害者施設や老人施設に使うべきではないか。

 

西新井大師

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ひょんなことから西新井大師に行った。テレビでよくやっていたばあさんの何とか云うどこかの寺と違って人が少ない。少ないどころかガラガラだ。

こちらのほうがずっと格式がある寺でも、テレビで放送されただけで毎日が行列のできる門前町になってしまうのとは大違い、今の世の中、格式もへったくれもあったもんじゃない。別に弘法大師に入れ込んでいるわけでも何もないが。世の中こんなもんだよねー。

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サクランボ

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散歩の途中、たわわに実ったサクランボを見つけました。

今やサクランボはたいへん高級なモノになってしまいましたが、以前はごくありふれたモノでした。大しておいしいモノでもないので、この写真のように誰も採ったりはしません。

それがここ十数年か二十年前頃からブランド化されてしまい、恐ろしく高価なモノに変化してしまいました。

今や何でもかんでも"ブランド化"させて儲けようということですね。魚なんかも、どこどこブランドなんてことにして、えらい値段で流通させていますね。

日本人は、とりわけブランドに弱いらしくブランド品なら高くても購入してしまう気質とかですが、これはマスコミが一体となって仕掛けているので、日本人だけがブランドに弱いわけではなく、宣伝が巧妙なだけなんでしょう。

しかし、それにしても社会主義国ではないのに、最近はあちこちでよく行列を作っていますね。

王子の狐

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噺の筋書きは女に化けて人を騙そうとした狐が見破られて逆に人にだまされるというものである。そして料理屋でしこたま酔わされた狐は飲食代を払わされる羽目になる。この料理屋の名物が卵20個を使ったという大きな玉子焼きだ。おじちゃんが食べた時は3500円だったから今はもっと高くなっているだろう。正直言っておじちゃんが作った玉子焼きのほうが余程旨い。それに卵20個の原価はせいぜい400円か500円だろう。こんな不味いものにしては高すぎる。その他の料理も押して知るべしだ。築地の松露の453円の玉子焼きのほうが100倍も旨い。王子には狐じゃなくて人を騙す不逞の輩がまだ生息している。

 

江戸の昔、飛鳥山一帯は八代吉宗の命により植えられた桜(1720年代)が文化文政期(1803-1850)には大木に育ち、江戸庶民の春の行楽地になっていた。平安の古き時代に建てられたと云う王子稲荷神社、当時は岸村にあることから岸稲荷と呼ばれていたがそばに王子権現が建立されてからは王子村と呼ばれるようになったという。現在でも稲荷神社の辺りは岸町の町名のままだ。

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神社の隣には名主の滝という静かな庭園がある。現在は東京都所有で無料で開放されている都会の喧騒が嘘のような静寂な場所だ。ただ惜しむらくは森が大きくなりすぎていて昼なお暗い感は否めない。桜の季節だけでなく紅葉の今も冬枯れの季節もそれぞれに趣があり王子周辺の癒しの空間になっている。

 

雨雨雨-中国が地球を滅ぼす

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ホントよく降ります。殆ど雨の日ばかりの時が多くなりました。日本列島のあちこちで土砂災害が毎年多発しています。

かたや欧米では旱魃が続き、60度の熱波が襲っているそうです。全ての水分が日本列島に集中したり、全ての暑さが一部に偏ったりと、この30年ほど本当に中国のせいで世界中がガタガタになってしまいました。

この先ホントに地球はどうなってしまうんでしょう。おそらく環境破壊でその多くが、自滅したと称えられているインカやマヤが辿った道と同じ方向に突き進んでゆくしかないのでしょうか。

おじちゃんは20年以上も前から、中国の発展は世界の自滅の道だといってきました。中国の歴史がそれを証明しています。中国人は自分さえ良ければ、人はどうなろうと知ったこっちゃないという人種です。しかも、口から出る言葉はすべて"嘘"です。キンペイは米国議会での演説で南シナ海の人工島は軍事基地にはしない、と言いました。帰国後すぐに全ての人工島にミサイルが設置されました。

ある人が数年もしたら日本は中国の一つの省になっているだろうと言っていましたが、おじちゃんもそう感じます。世界一の軍事大国になっても、さらに続ける中国の軍拡は異常ですし、国土拡張は中国歴代の飽くなき野望です。チベットウイグル、モンゴル、スプーラス諸島、アンダマン諸島、朝鮮の遼寧半島、全て乗っ取りました。次は尖閣、沖縄、日本本土でしょう。もしアメリカにトランプ大統領が出現しなかったらすでに世界中が中国の覇権主義の犠牲になっていたかもしれません。

こんなふざけた国に乗っ取られるくらいなら、戦ったほうがましだと思いますが、日本では戦争と言うとアレルギーにでもかかったように大反対の合唱です。

守るための戦争さえいけないという思想が、日本人の中にコミンテルンGHQの呪縛がマスコミや日教組を通じて根付かされてしまっています。中国によって罪もない人々が今この瞬間に大量虐殺されています。ただチベット人ウイグル人だという理由で臓器売買のために1日数百人から千人もキンペイによって殺されています。日本ではこのことは報道さえされません。キンペイによって大量の金がマスコミや政治家、官僚にばらまかれていることをイギリスのマスコミがすっぱ抜きましたが、日本では報道さえされません。これらの左翼や在日たちは日本人が自国を誇ったり愛したりすることを許しません。どこの国で自国を愛することが罪になるのでしょうか。数多くの日本人がこれらの洗脳や呪縛から解き放される日は来るのでしょうか。