モノレールと路面電車

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東京には2つのモノレールの路線があります。ひとつは羽田空港への浜松町駅からのものと、立川を横切る多摩モノレールとがあります。この写真は立川を走る多摩モノレールです。

電車の軌道を作るよりも、安くできるのでしょうか。道路の上や海上を走っているところが多いので、土地買収費などが低く抑えられる利点があるのでしょう。

近頃、地方都市などでは、路面電車が見直されつつあります。おじちゃんは以前から日本各地の路面電車復活支持者ですが、中央分離帯が作れる広い道路などでしたら、モノレールの方が、利用する側の利便性は向上するでしょう。車の渋滞にも巻き込まれることはないし、路面電車よりも運行時間の正確さは保障されます。ただ路面電車よりも投下資本は増加するでしょうが、将来を見たらモノレールは優れた交通手段だと思います。

作家の獅子文六氏は大の都電ファンでした。乗り物で一番好きなのは、路面電車の都電だと公言していました。安全だしスピードは出ないが目的地に着くのは階段を上ったり下りたりする地下鉄なんかよりよほど早いと書いています。昭和38年頃から始まった都電廃止により昭和47年11月に最後まで残っていた6路線も撤去され都内の都電は早稲田と三ノ輪を結ぶ線だけになりました。

その後都電の路線の多くはバスに変わりましたが、バスと違い都電は線路がありますから、この道路には電車があるなとすぐにわかりました。バスや地下鉄と違って何処を走っているのかがこの線路から確認できたのです。しかも都内のほぼすべてをカバーしていましたから、都電で行けない場所はないというほど充実していました。東京都民ももう一度都電の復活を考えてもいいのではないかと思います。

本郷菊坂

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本郷菊坂の途中にある階段ですが、この階段を下りて細い露地を入ったところに、あの樋口一葉が住んでいました。一葉も、この階段を何度も上り下りしたことでしょう。上りきったところには、彼女がよく通ったといわれている伊勢屋という質屋さんがあります。今は営業していませんが、建物はしっかり残っています。一葉女史が困っているとき、伊勢屋の主人は、黙ってお金を貸していたということです。日本人の多くは、貧しい中でも、他人のことをいつくしむ心を持っていました。

今の時代と違い、以前の日本はとても貧しい国でした。社会資本も満足に完備されていない社会ですし、食べるものも、そう豊富に揃っていたわけでもありません。伊勢屋といえども、商売ですので簡単にお金は貸せないのに、やはり日本人というのは、どこか優しさや人を思う心を残しています。

昭和に入っても、シナとアメリカに仕掛けられた戦争で、日本国中が焦土と化しました。米軍は、罪のない一般人の住む場所に一度に数万トンの焼夷弾などの爆弾を撒き散らし、日本の街々は焼け野原になってしまいました。しかし、そんな中でも日本人は、略奪や泥棒などとは一切関係のない存在でした。東北の大地震のときも、日本人の礼儀正しさが世界を驚かせました。戦時中も東北でも、泥棒はシナ朝鮮人だけでした。

戦後の東京裁判でも、在りもしない南京事件などを言い出したのは、シナとアメリカです。シナはいつも他人のせいにする土人ですし、アメリカは日本人を残虐非道な民族としないと、原爆投下や焼夷弾投下で一般人を80万人以上殺したことの言い訳が出来なくなるので、シナと協力して日本人を貶める裁判を行ったのです。

この裁判は、いわば連合軍の非道さを隠すためのものですが、その策略に金儲けや利権に群がる人間があちこちに出現しました。反日弁護士や政治家やマスゴミです。こいつらの多くは帰化したりしたシナ朝鮮人だそうですが、そいつらが未だに日本では幅を利かせています。

一日も速く、占領中のアメリカのコミュンテルン(共産主義者)の一団が作った日本の憲法を反故にしなければなりません。憲法改正反対などと叫んでいるのは、すべてシナ朝鮮人たちです。覚醒している日本人が北朝鮮や韓国、シナチャンコロの暴挙を目の当たりにして反対などするはずがありません。日本人は、周りの人たちや自分の命が失われるかもしれないのに、それていいですという国民では、決してありません。もっと高尚な考え方を、胸の奥に秘めているのが日本人です。しかし、テレビしか見ていない女性や年寄りまた教養のない日本人は、(教養とは高学歴がないことではなく一般常識や社会知識がないことです)シナ朝鮮人の放送する嘘にすっかり洗脳されています。この洗脳を解くのと、貧しいときの日本人がいかに高潔だったかを思えば、自ずと本来の日本人の心を取り戻せると思います。

 

変な町名に変えやがって

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町名    森繁久彌
本郷の菊坂町を訪ねたが、もうその町名はないと、町の古老が教えてくれた。
「変な町名に変えやがってミノベ(当時の都知事)もこういうところがダメだね」とうそぶいて昔の坂道に案内した。

昔、菊の美しいところでこの町名がついたんだが、菊も何もありゃしねえから、しょうがねえか、とさびしい坂をおりていった。(中略)

こんな話をするときりがないが、だれが変えるのか、田舎から来た役人か。どうせ変えるなら、Aの1、Bの2、Cの3と変えてくれ、そのほうがアキラメもつく。(昭和54年「わたしの自由席」中公文庫)より


先年の朝鮮人小泉純一郎の詐欺的改革で、日本国中の市町村の名称が大きく変えられてしまった。自分の生まれ故郷の名前が変わってしまって喜ぶ人は、それほど多くはないだろう。

ヨーロッパなんかには十数年ぶりに訪ねても、その景色が昔と少しも変わっていないのには感動したりしてしまうが、当地の人にとってはそれが当たり前のことらしい。建物が建ったり道路が出来たりなど多少の変化は仕方ないが、地区名や町名、村名まで変えるのは大いに問題である。

自分たちの文化を守ることに関しては、こと日本人は本当に鈍感なように感じる。東京の何処へ行ってもひと月も経つとその様相がガラッと変わってしまうことが往々にして出くわす。

変わっていい場所と変えてはいけない場所があるはずなのに、歴史も文化も理解しないコイズミやミノベのような左翼の似非(えせ)改革者によってまた日本が壊されていく。

都電が走る街

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都内に唯一残る"都電"早稲田と三ノ輪を約1時間半ほどで走る。いつも混んでいてたまに乗ると座れた事がない。これを見ていつも思うのは2両編成にしたらと思う。ヨーロッパなどにはよくある風景だ。やはり乗客よりも自分たちの都合しか考えていない役人たちの姿が、この都電一つ見ても分かる。

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全て西洋がよいとはいわないが、年寄りが多い乗り物だけに余計にそう思う。それと東京都は都営のバス電車に乗る70歳以上の年寄りに年間千円で乗り放題にしているが、この予算なんと200億円以上にのぼる。ある意味年寄りを外出させる手段のように詠っているが、僅か200円ほどのバス代など払えない老人はそう多くはないはず。このシルバーパス都内を走るバスは民間も含めて全て無料になる。都電や都営交通も全てタダ。これだけ様々なメディアや銀行等で注意喚起してもオレオレ詐欺に大金を払う年寄りが後を絶たないのに、シルバーパスなどきっぱり廃止すべきだ。
なのになぜ大切な税金をそんなものに使うのか。もっと障害者施設や老人施設に使うべきではないか。

 

西新井大師

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ひょんなことから西新井大師に行った。テレビでよくやっていたばあさんの何とか云うどこかの寺と違って人が少ない。少ないどころかガラガラだ。

こちらのほうがずっと格式がある寺でも、テレビで放送されただけで毎日が行列のできる門前町になってしまうのとは大違い、今の世の中、格式もへったくれもあったもんじゃない。別に弘法大師に入れ込んでいるわけでも何もないが。世の中こんなもんだよねー。

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サクランボ

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散歩の途中、たわわに実ったサクランボを見つけました。

今やサクランボはたいへん高級なモノになってしまいましたが、以前はごくありふれたモノでした。大しておいしいモノでもないので、この写真のように誰も採ったりはしません。

それがここ十数年か二十年前頃からブランド化されてしまい、恐ろしく高価なモノに変化してしまいました。

今や何でもかんでも"ブランド化"させて儲けようということですね。魚なんかも、どこどこブランドなんてことにして、えらい値段で流通させていますね。

日本人は、とりわけブランドに弱いらしくブランド品なら高くても購入してしまう気質とかですが、これはマスコミが一体となって仕掛けているので、日本人だけがブランドに弱いわけではなく、宣伝が巧妙なだけなんでしょう。

しかし、それにしても社会主義国ではないのに、最近はあちこちでよく行列を作っていますね。

王子の狐

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     大晦日の深夜12時から始まる「狐の行列」

噺の筋書きは女に化けて人を騙そうとした狐が見破られて逆に人にだまされるというものである。そして料理屋でしこたま酔わされた狐は飲食代を払わされる羽目になる。この料理屋の名物が卵20個を使ったという大きな玉子焼きだ。おじちゃんが食べた時は3500円だったから今はもっと高くなっているだろう。正直言っておじちゃんが作った玉子焼きのほうが余程旨い。それに卵20個の原価はせいぜい400円か500円だろう。こんな不味いものにしては高すぎる。その他の料理も押して知るべしだ。築地の松露の453円の玉子焼きのほうが100倍も旨い。王子には狐じゃなくて人を騙す不逞の輩がまだ生息している。

 

江戸の昔、飛鳥山一帯は八代吉宗の命により植えられた桜(1720年代)が文化文政期(1803-1850)には大木に育ち、江戸庶民の春の行楽地になっていた。平安の古き時代に建てられたと云う王子稲荷神社、当時は岸村にあることから岸稲荷と呼ばれていたがそばに王子権現が建立されてからは王子村と呼ばれるようになったという。現在でも稲荷神社の辺りは岸町の町名のままだ。

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神社の隣には名主の滝という静かな庭園がある。現在は東京都所有で無料で開放されている都会の喧騒が嘘のような静寂な場所だ。ただ惜しむらくは森が大きくなりすぎていて昼なお暗い感は否めない。桜の季節だけでなく紅葉の今も冬枯れの季節もそれぞれに趣があり王子周辺の癒しの空間になっている。

 

雨雨雨-中国が地球を滅ぼす

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ホントよく降ります。殆ど雨の日ばかりの時が多くなりました。日本列島のあちこちで土砂災害が毎年多発しています。

かたや欧米では旱魃が続き、60度の熱波が襲っているそうです。全ての水分が日本列島に集中したり、全ての暑さが一部に偏ったりと、この30年ほど本当に中国のせいで世界中がガタガタになってしまいました。

この先ホントに地球はどうなってしまうんでしょう。おそらく環境破壊でその多くが、自滅したと称えられているインカやマヤが辿った道と同じ方向に突き進んでゆくしかないのでしょうか。

おじちゃんは20年以上も前から、中国の発展は世界の自滅の道だといってきました。中国の歴史がそれを証明しています。中国人は自分さえ良ければ、人はどうなろうと知ったこっちゃないという人種です。しかも、口から出る言葉はすべて"嘘"です。キンペイは米国議会での演説で南シナ海の人工島は軍事基地にはしない、と言いました。帰国後すぐに全ての人工島にミサイルが設置されました。

ある人が数年もしたら日本は中国の一つの省になっているだろうと言っていましたが、おじちゃんもそう感じます。世界一の軍事大国になっても、さらに続ける中国の軍拡は異常ですし、国土拡張は中国歴代の飽くなき野望です。チベットウイグル、モンゴル、スプーラス諸島、アンダマン諸島、朝鮮の遼寧半島、全て乗っ取りました。次は尖閣、沖縄、日本本土でしょう。もしアメリカにトランプ大統領が出現しなかったらすでに世界中が中国の覇権主義の犠牲になっていたかもしれません。

こんなふざけた国に乗っ取られるくらいなら、戦ったほうがましだと思いますが、日本では戦争と言うとアレルギーにでもかかったように大反対の合唱です。

守るための戦争さえいけないという思想が、日本人の中にコミンテルンGHQの呪縛がマスコミや日教組を通じて根付かされてしまっています。中国によって罪もない人々が今この瞬間に大量虐殺されています。ただチベット人ウイグル人だという理由で臓器売買のために1日数百人から千人もキンペイによって殺されています。日本ではこのことは報道さえされません。キンペイによって大量の金がマスコミや政治家、官僚にばらまかれていることをイギリスのマスコミがすっぱ抜きましたが、日本では報道さえされません。これらの左翼や在日たちは日本人が自国を誇ったり愛したりすることを許しません。どこの国で自国を愛することが罪になるのでしょうか。数多くの日本人がこれらの洗脳や呪縛から解き放される日は来るのでしょうか。

 

佃煮

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佃煮の誕生

本能寺の変の時信長の命で堺を見物していた家康ですが、光秀が信長を討ったと言うことを聞いて、少ない家臣しか同行していない家康は慌てて三河へ戻ろうとしましたが、佃村の漁師たちに助けられました。その後、天下を取った家康はそれに感謝して佃村の漁師たちを江戸に迎え入れました。

家康と共に大坂から来た佃村の住人たちが、佃島に住み着き、将軍家に白魚を献上し、残った小魚を醤油で煮込んで保存食としたということが、佃煮の由来だと言われています。しかし、おじちゃんは佃煮のような保存食は、もっと以前からあったように考えています。

なぜなら、醤油は室町時代には醸造されていましたし、醤(ひしお)という大豆を塩とともに発酵させたものは、縄文時代にさかのぼって常用されていたそうですから、生ものの保存調味料として使われていたのは、かなり以前に遡れると思います。

現在の佃煮は、砂糖が大量に使われていますので、とても食べやすくなっていますが、冷蔵庫が普及しない以前の佃煮は、もっと塩っ辛いものだったそうです。野菜や魚介類は傷みやすいですから、長期に保存するのには、かなりの塩分が必要だったでしょう。当時の佃煮は梅干しと同じで安い食べ物の代表でしたが、現在ではどちらも高級な食べ物になってしまいました。

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日本人の知恵は、相当昔から食料の貯蔵方法として、塩漬けだの、発酵だの、乾燥だの、佃煮だのとさまざまな手法が考え出されてきました。今では昔風の塩っ辛い佃煮は敬遠されるでしょうが、たかが佃煮と思いますが、それに至るまでには先人の知恵が詰まっているんですね。

 

流血好き。支那人のDNA=中華思想がそうさせる 

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反日議員を落選させる会」より
 支那人の不思議なところは、本国に住んでいても海外に住んで帰化までしていても頭の中が全然変わらない点です。
 海外に住んでいれば色々な情報に接する事が出来るのに、その中からピックアップするのは支那政府が流す捏造された情報のようです。
 ゛中国系米国人゛が動員された様ですが、彼等に物事の良し悪しが区別出来るのか疑問に思います。
 帰化した上に海外に住んでいても支那に異議を唱える事が出来ないくらい締め付けられているのか、それとも脳内構造が支那政府に対する疑問を持たないように出来ているのか、何かカルト宗教の信者でもあるかのようです。
 「この嘘つきめ」「恥を知れ」「お前らの知ったことじゃない」「チベットの弾圧や虐殺は全部作り話だ」「歴史を知っているのか」「よそ者が口を出すな」
 もう救いようがない感じです。

 これらの発言内容は支那から一歩出た人間にはオカシイ事が簡単に分かると思うのですが、それさえも拒絶しているようです。
 支那に反対する意見を何一つ認める気が無く、もう洗脳されているとしか言いようがありません。
 アメリカ生まれのアメリカ育ちでも中身は何も変わらないようです。
 普段の生活では表面に出て来ませんが、今回のような時に支那人の本性が出て来るようです。ある意味分かりやすい民族だとも言えると思います。
 全世界から批判されていても゛何も見ない何も聞かない゛そのような態度を取っていますが、゛言う事だけ゛は忘れません。しかし、自分達の発言には一切責任を持たず言いっぱなしてす。

 各国での支那人の対応を支那政府が指示(受け入れている)しているとすれば、それは大きな失敗に終わると思います。
 支那人も論理的な思考は出来ないようです、朝鮮人と同じで。(腐ったものでも毒入りでも何でも食べるから中国人の脳みそは腐っているそうだ)

これこそ中華思想。死んでも自分の非は認めない。水に落ちた犬を打て。和を以って貴しと為す、の日本なら水に落ちている犬は助け上げるし、キリスト教の国でも同じだ。中国は共産主義、資本主義に拘わらず中華思想の考えは変わらない。事実中国の歴史2200年間この考え方は変わらない。

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「東京その日その日」より

 中華圏の歴史は易姓革命の歴史である。新しくできた政権は前政権の業績を全否定する。 極端にいえば、中華圏は一代限りのブツ切り文化だ。

 中華圏からみれば、日本は「東夷」(野蛮人)である。黙っていれば朝鮮半島のように、中華圏に巻き込まれかねないと悟った日本は七世紀、中華圏からの離脱を図る。こういう判断をしたのは聖徳太子で、日本国の建国(六六八年)以来、中華圏との正式国交を絶つ。このおかげで、一八七一年に日清修好条規を結ぶまで、千二百年にわたって安泰を保ってきた。

 この間、漢字に音訓をつけ、ひらがなを作って文字体系を確立した。政治、文化、伝統を積み上げて今のわれわれがある。七世紀の聖徳太子(しかも彼は政治家である)の評価が変わることなく、最近までお札に刷られていたのは中華圏では考えられないことだろう。ブツ切りの政治・文化ではなく、日本は「連続性」によって栄え、子孫は大きな恩恵を受けてきた。祖先に感謝するのは当たり前だ。その一体感があったからこそ、一気に国民国家を形成できたのである。

 千二百年の泰平はペリーの黒船によって破られ、日本は再び大陸と関わりを持つようになる。以来、日清戦争日露戦争辛亥革命、五・四運動、満州事変と続いて大東亜戦争が終わる一九四五年までの七十四年間はまさに泥沼にはまり込んだような時代だった。福沢諭吉は一八八五年、時事新報に「脱亜論」を発表し、「中・韓と付き合えば身の破滅だ」と叫んだのである。

 

 

滝野川の由来

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巣鴨の地蔵通りは今では婆さんだらけで混雑していて歩けないので、国道17号か大塚寄りの清和小学校の通りを通って、庚申塚へ出て再び旧中仙道を歩くと、人も車も少なく気持ちよく歩ける。

元来、おじちゃんは観光地や混雑しているところが大嫌いだから、こうした空いている道を見つけては散歩を楽しんでいる。

種村なにがしとか言う博学者が書いた本だったと思うが、「東京探訪」だったかな、そんな名前の本に東京は崖地が多く巣鴨から王子にかけてはあちこちに滝があったようだ。それでこの辺りを「滝野川」と呼んだ、と出ていたようなそんなことからついた名前らしい。

 

東京は今でも坂が多いので有名だ。そもそも山の手と下町の分け方は、崖地の上と下を語ったものだ。明治の終わりころまでの東京は、崖と谷と川の多い場所だったのだ。だから街の名前にも、だいぶ変えられてしまったが、それでも四谷、谷中、上野、品川、新橋、板橋など地形に因んだ名前が多い。 

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      広大な敷地の亀の子たわし会社

散歩に戻ろう。旧中仙道を明治通りから少し入ったところに、かなり広い敷地の場所がある。誰でも知っているあの「亀の子たわし」の会社だ。最近までおじちゃんも、こんなところにあるとは気づかなかった。今でも立派に営業を続けている。

この旧道をまッつぐ行くと板橋の駅に出る。踏み切りの手前の信号を左に曲がると、近藤勇の墓がすぐにある。

 

この先日本は

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          仙台

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      岩手 一関
最近は地方に行っても、地方色などというものは全く失われてしまい、東京と、どこも変わらない風景になってしまっている。折角の地方の文化をしっかりと守って欲しい、と思ってみてもはじまらないだろう。第一かく云う東京自体がその姿を日々変容し続けている。

嘆いていたところで、なんの解決にもならないし、時代錯誤と言われてしまうかもしれないが、そう揶揄する者たちによって地方も東京も、破壊され続けてゆく。

古くは「日本列島改造」など、と大ナタを振るい自己の利益のために地価をべらぼうに高騰させた田中角栄。そしてすさんだ格差社会と、日本人から夢を奪ってしまった小泉純一郎。どちらもヤクザの血を引いた大悪人だ。更にとどめを刺した朝鮮人政党の"民主党"によって日本はとことん痛めつけられてしまった。

しかし、不思議とジャーナリストたちはこいつらを礼讃する。日本のマスコミジャーナリズムが腐敗し臨終している証拠だ。その点ネットはまだ個人の自由な意見が述べられる唯一の手段として生きている。しかし少数の不心得者のネットでの言動が、全ての自由な意見を検閲などという手段で封殺する恐れは常に含んでいる。

まずヤフーの質問コーナー「ヤフー知恵袋」に北朝鮮のことを書いたら削除された。ヤフーのトップ朝鮮人孫正義をおもんばかっている人物がこのコーナーを仕切っているからだろう。「ぐるなび」にはお店の悪口は一言も書けない。それらは全て削除だ。これは「ぐるなび」が掲載店から毎月最低6万円以上の金銭を受け取って運営している不正行為にある。どちらも読者を欺くセコイ商売のやり方だ。

無教養で不道徳で腐りきった、こうしたマスコミの溢れかえる多くの「ヤラセ」情報からは、あまり得るものがなくなっている。溢れカエル情報の中から、真実を見出す人間もまた減少している。価格コムやぐるなび、ヤフーなどのネット情報は便利なようでスカを掴んでいる可能性が多いのだ。

支那からの移民を大量に移住させる公明党主導の移民政策。安倍さんも小選挙区での公明党との共闘で当選してくる自民党議員がいるので、むげにも共闘を断れない事情があるだろうが、政教分離に違反している政党など一日も早く破断させるべきだ。いつか日本中がこんな「支那の走狗」だらけにならないことを危惧する。

 

クサフジの花

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国立に住んでいた時、散歩の途中できれいに咲き誇っている花に出会いました。マメ科の花のようですが、おじちゃんは初めて見る花なので名前を知りません。

カラスノエンドウとも似ていますが、花のつき方が違います。一房にたくさん付いていて、まるで藤のようです。かみさんに何という花かな、と聞くと藤によく似ているので、確か『クサフジ』とか言ったかしら、とあいまいな答えでしたが、帰って調べてみると確かにそれに間違いないようです。

今までは、野に咲く花などにあまり関心がありませんでしたが、散歩をしていると珍しい花、見たことない花に出くわします。そんな中で少し関心を持つようになりました。もともと勉強嫌いな癖に、好奇心が強いほうですのでいろいろ出くわす中で少しづつ調べるようになりました。

これは単に好奇心のなせる業だけではないようです。かの有名な写真家だった秋山庄太郎氏も若い時は、女性やヌードばかり撮っていましたが、熟年になってからは花ばかり撮るようになりました。やはり男としての色気がなくなり、興味がほかに向いたのでしょう。いくら美味しくても年がら年中そんなものばかり食べていると飽きてしまうのと一体です。ましてや仕事ですから嫌々だったのかも知れません。

おじちゃんも、年々細胞から男が抜けていっていますから、色気はもう卒業しつつあります。まあそれはさておき、本当に野原にも色々な花があって案外と飽きないものです。

 

割れ窓現象の怖さ 日本人のマナー低下

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日曜日の夜の電車の中はひどい光景が展開されています。真正面に座った若いカップルは座るが早いか、衆目の前でほお擦りを始めました。その列の端っこのカップルも手をつないだままベタベタとしています。少し離れた席の、やはり若い男はさっきからずっと携帯電話を使い大声で話しています。

おじちゃんはこういう輩には我慢ならず、今までは10人ほどで、こともあろうに車内でタバコを吸いだした高校生を怒鳴りつけ、その場ですぐタバコを消させた事があります。携帯で話しているヤクザとも何度もやりあった事もあります。海外でも酔っ払って飛行機内で歌いだした、でかいアメリカ人グループを怒鳴りつけたこともありました。バカなんですねー、そんな時は危険をも顧みなくなっちゃうんです。そんなことを数えだしたらきりがないくらいです。

ですが最近はかみさんに止められます。胸の手術をしてからは確かに体力が衰えてきています。万一どつかれでもして傷口が開いてしまったりしたらと心配してのことです。

電車内で大声で電話している若いやつを見過ごすのは、なんとも不愉快ですが、かみさんの心配ももっともですし、おじちゃんも寄る年波と体力の低下で、いくらか丸くなってしまいました。

漱石の「坊ちゃん」とよく似た気短かの江戸っ子で正義感が人一倍強い気質ですから、いつも損をしています、このところこんなのを見過ごすようになってしまったのかと、すこしがっかりしています。少し前なら絶対許さなかったですが。

自分たちで隣の車両に移りました。でもその車両でもべたべたのカップルがたくさんいました。こういうのはホントに見苦しいですが、注意する気にはなりません。こちらが見なければと最近はあきらめています。電車やバス内やレストランで子供が騒いでいても怒りもしない母親たち、大きな乳母車を電車
内の通路のど真ん中に平気で止める若い母親。優先席に堂々と居座る若いやつ。もう数えたらきりがありません。

 

上野 不忍池

 

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上野でいつも賑わっているのは、アメ横ともうひとつが、不忍池です。春夏秋冬いつでも賑わいを見せています。

かっては今の倍近い広さがあったそうですが、今ではご覧の広さになっています。

以前は西ヶ原の方から流れ込んでいた、愛染川という色っぽい名前の川があり、漱石の『三四郎』の中にも、ヒロインの美禰子が、三四郎に何か謎のような言葉「迷える子羊」(ストレイシープ)と言って、田舎出の三四郎の頭の中を翻弄する場面がありますが、この川の畔だったのでしょう。

いまでも川が流れていた駒込には、「霜降り橋」という地名もありますし、根津にも「愛染橋」という交差点が残っています。


この不忍池の真ん中には、弁天様を祀った弁天堂が突き出しています。愛染川と言い、弁天様と言い、不忍池はなんか色っぽいのが似合うのでしょうかね。